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2007年6月24日 (日)

エホバの証人

親拒んでも15歳未満輸血、信仰より救命優先…学会指針案

6月24日3時11分配信 読売新聞

 信仰上の理由で輸血を拒否する「エホバの証人」信者への輸血について、日本輸血・細胞治療学会など関連5学会の合同委員会(座長=大戸斉・福島県立医大教授)は、15歳未満の患者に対しては、信者である親が拒否しても救命を優先して輸血を行うとする指針の素案をまとめた。

 「信教の自由」と「生命の尊重」のどちらを優先するかで悩む医療現場の要請に応えて検討を始め、「自己決定能力が未熟な15歳未満への輸血拒否は、親権の乱用に当たる」と判断した。

 合同委員会はこのほか、日本外科学会、日本小児科学会、日本麻酔科学会、日本産科婦人科学会の国内主要学会で組織。年内に共通指針としてまとめる。

最終更新:6月24日3時11分

読売新聞
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<エホバの証人>手術中に大量出血、輸血受けず死亡 大阪

6月19日19時57分配信 毎日新聞


 信仰上の理由で輸血を拒否している宗教団体「エホバの証人」信者の妊婦が5月、大阪医科大病院(大阪府高槻市)で帝王切開の手術中に大量出血し、輸血を受けなかったため死亡したことが19日、分かった。病院は、死亡の可能性も説明したうえ、本人と同意書を交わしていた。エホバの証人信者への輸血を巡っては、緊急時に無断で輸血して救命した医師と病院が患者に訴えられ、意思決定権を侵害したとして最高裁で敗訴が確定している。一方、同病院の医師や看護師からは「瀕死(ひんし)の患者を見殺しにしてよかったのか」と疑問の声も上がっている。
 同病院によると、女性は5月初旬、予定日を約1週間過ぎた妊娠41週で他の病院から移ってきた。42週で帝王切開手術が行われ、子供は無事に取り上げられたが、分娩(ぶんべん)後に子宮の収縮が十分でないため起こる弛緩(しかん)性出血などで大量出血。止血できたが輸血はせず、数日後に死亡した。
 同病院は、信仰上の理由で輸血を拒否する患者に対するマニュアルを策定済みで、女性本人から「輸血しない場合に起きた事態については免責する」との同意書を得ていたという。容体が急変し家族にも輸血の許可を求めたが、家族も女性の意思を尊重したらしい。
 病院は事故後、院内に事故調査委員会を設置。関係者らから聞き取り調査し、5月末に「医療行為に問題はなかった」と判断した。病院は、警察に届け出る義務がある異状死とは判断しておらず、家族の希望で警察には届けていない。
 エホバの証人の患者の輸血については、東京大医科学研究所付属病院で92年、他に救命手段がない場合には輸血するとの方針を女性信者に説明せずに手術が行われ、無断で輸血した病院と医師に損害賠償の支払いを命じる最高裁判決が00年に出ている。最高裁は「説明を怠り、輸血を伴う可能性のあった手術を受けるか否かについて意思決定する権利を奪った」としていた。【根本毅】

最終更新:6月19日19時57分

毎日新聞
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こんな記事がありました。皆さんエホバはご存知ですか?
今日は日曜日、忙しいのでコメントは後で書きますので、また見てください。
エホバの方々は、宗教上の理由で輸血を拒否する人たちです。
このことに関して、多くの医療施設で問題を抱えています。
ひとつは、最高裁で判決が出ているように、本人の意思にそむいて輸血したら、だめなようです。
でも、そうしたときに、我々は、輸血により救える命をみすみす見捨てていると言う倫理的罪悪感を持つことと共に、いまの風潮でいえば、業務上過失致死罪で刑事責任をとらされる可能性があることです。
輸血すれば、民事で負けて、輸血しなければ検察から責められる、そんな可能性があります。
もうひとつの問題は、本人が輸血を拒否したときに、家族はしてくれといったり、逆に本人は死ぬくらいなら輸血して欲しいと言っているのに、家族が拒否したりすることがあるのです。
それが、未成年だったりすると、またややこしくなります。
ちょっと前に、エホバの方の分娩を引き受けることになりました。
お産は、命がけです。
警察に連絡しました。「本人は輸血を拒否している。輸血しなければいけない状況になったら、警察に連絡します。5分以内に方針を決めてください。24時間いつになるかわかりませんがね。」我々の業務に対して、検察が関与するなら、その方針も示してもらおうと思いました。
民事は仕方ないにしても、医療に刑事事件を適応する昨今の風潮に憤りを感じている医療関係者は多いと思います。
最高裁で、患者の権利を優先させた判事には、救えるはずの命が消えていく姿を自分の目でしっかり見て欲しいです。この判決で救えるはずの多くの命が、失われることになりました。

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コメント

 「エホバの証人」について聞いたことがあります。大学1年の時に生命倫理の講義で議論したこともあります。
 そのときは信者自分自身が決めたんだから医者は手を出すべきではないと思ってました。
 けれども、今となってはかなり複雑な心境になっています。
もし医者として目の前の患者さんが救える所にいるのに、救ってはいけないというジレンマに陥ったらなんとも言えない気持ちになりますね。
 輸血すれば患者さんのQOLを著しく損害するでしょうけど、見殺しは医者のQOLを下げるような気がします。人間として見殺しをするのはつらすぎます。。。
 それなのに・・・法律は冷たいものです。すべて感情抜きで物事を語るから。。。客観性云々以前に血の通ってない法律はどうかなと思ってしまいますね。
  
 
 
 
 

投稿: きょん | 2007年6月24日 (日) 20時48分

何だかややこしい複雑な世の中、価値観が横行してますが、動物ではない、高等生物としての「ヒト」、の根本的な生命倫理に立ち返れば、「信仰」よりも「生命」が尊重されるべき。自らの命を絶つ自由もありますから、判断できる大人はこれまでどおり、判断しかねる若い命は根本倫理が優先されるとした、学会の判断を支持します。

投稿: 桜井明弘 | 2007年7月 1日 (日) 16時27分

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