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2008年5月18日 (日)

産科医療の危機

先日(5月15日)メディアセミナーと称し、現在の産科医療の危機訴えるマスメディア向けのセミナーが開かれました。

当院の院長も特別コメンテーターとして、参加してきました。

そこで、母子愛育病院の院長中林先生から、「産科医療の危機~病院で起こっている深刻な出来事とは~」という題で、報告がありました。

愛育病院は、東京でも有数の設備を備えた病院で、紀子さまが出産したことでも有名です。

その資料を見せてもらったら、ぜひ多くの方に現状を知ってもらいたいと思い、何回に分けてここで報告させていただきます。

当院におけるトラブルとその要因として、7つを挙げています。

1.医療の不確実性に対する無理解

2.医療費支払いに対する義務感が希薄

3.夫・家族の社会的な未熟性

4.夫・家族の暴言・暴力

5.患者本人の未熟性

6.病院のルールを守らない自己中心的な主張

7.弁護士・マスコミ・インターネットという言葉を使った威嚇

だそうです。

ケース1: 医療の不確実性に対する無理解、医療費支払いに対する義務感が希薄

妊娠初期の流産患者を、夜間救急外来にて当直医が診療した。完全流産に近い状態のため、子宮収縮剤と抗生剤を処方。「手術しなくても、この治療で1~2週間くらいで出血がなくなると思われる。外来通院してください。」と説明する。2週間後にも出血が持続するため、1日入院して子宮内清掃術を施行。退院時、夫が「治療方針のミスなので、治療費を支払う必要ない」と主張。

対応: 救急外来と2回の外来を無料とし、手術費用は支払うことで納得された。

私の感想: できるだけ、害の少ない治療法を選択するのは当然のこと。それでもうまくいかない場合に、徐々に侵襲のある治療を考えていく。それをミスとして譲らないひどい話。なんで外来費を無料にする?と思うが、実際の現場では、こういった方には早くお引取り願いたいので、仕方がないのか?

ケース2: 医療費支払いに対する義務感が希薄、夫・家族の暴言・暴力、病院のルールを守らない自己中心的な主張

3年前、当院で分娩し、夫が暴言や暴力的行為で問題となり、かつ分娩料未払いの夫妻が、今回妊娠初期に来院。当院の医療福祉相談室で対応したが、夫は「この病院は金がなくとも妊婦を診るのが当然だ。」「失業中だから入院費は払えない。」「福祉の手続きは面倒だからしたくない。」「この病院で診察しないなら、他院へのタクシー代を払え。」と強固な態度をとられた。

対応: 都立病院の部長に電話にてお願いし、公用車で都立病院へ送った。

私の感想: 言っていることが支離滅裂。できれば関わりあいたくないです。

今日は、ここまでにしておきます。ケース13まであります。こうご期待!

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医療」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。産婦人科医療の現場は
本当に大変ですね
それもよくわかりますし
医療費を無料にしろと言うのも
酷い話だと思います
ただ医療現場では流産はよくある事でも
患者本人にとっては1度の流産でも
本当に辛い事です
私も2度の流産を経験した事がありますが
1度目は宣告を受けた時には涙が出てしまい
担当医に「染色体の異常による
自然淘汰なのだから泣く様な事ではない
異常な子供が全員育ってしまっては
医療現場が困る」と言われた事があります
医学的には正しい事かもしれませんが
私は流産のショックと
あまりの暴言にびっくりしました
(もちろん診療費は支払いましたが。。。)
患者の立場として感じる事は
病院で当たり前の様に
酷い事を言われる事は一般社会で生活している
時よりも圧倒的に多いです。
この件は違うかもしれませんが
医療費支払い拒否はそういう感情の相違が
一因になってる事も少なからずあるのでは?
と先生のブログを読んで思ってしまいました。


投稿: | 2008年5月19日 (月) 17時51分

医療者と、一般の方の感覚のギャップは大きいのでしょうね。
それゆえ、我々は十分注意してデリカシーのない発言は慎まなければいけないと思っています。
その辺の、感覚が麻痺してきたとき、患者様を傷つける発言となってしまうのでしょうね。
流産の時に、自然淘汰だから仕方ないと言った表現は、使うことがあります。
流産はあなたが悪いわけではありませんよ。といった励ましのつもりです。
ちょっと昔は、今より死がずっと身近だったときは、流産はあたりまえのことだったようです。
生や死を実感しながら生きている人が、どれだけいるでしょうか?現代社会は、自分が生きているのか死んでいるのかすら、わからない世の中のようで、実際の死に面したとき、過剰なまでの反応を示す人が、昔より確実に多いと思います。
我々はいつも死に直面しています。だから生きていることが奇跡だと思っています。
流産に慣れているのではありません。
生のほうが奇跡だと言うことを知っているから、受け入れられるのだと思います。

投稿: 雲流 | 2008年5月19日 (月) 18時33分

「人間は何で生きているのだろう、何のために生きているのだろう?」と考えることがよくあります。偉い方の言葉を聞いても読んでも、答えは分かりません(たぶん自分の納得のいくものは見つからないのでしょう。)でも先生の「生きていることが奇跡」という言葉には、心が少し軽くなったように思えます。そして改めて、時間(人生)がとても貴重に思えました。またふと考えたとき、その言葉を思い出したいと思います。

投稿: うつ | 2008年5月19日 (月) 22時43分

コメントありがとうございます。
先生の仰りたい事もわかりますし
死が身近だった昔に比べて
人の死に対する反応が過剰になってる事も
あるかもしれません。
しかし家族を失う悲しみは
今も昔も変わらないと思います
ただ諦めるにはその人それぞれに
時間がかかるので
過剰と言ってしまうのは気の毒に思います
私の義兄は外科医で人の生死に常時かかわって
いますが、妻である姉が婦人科で
緊急手術を受けた時に
とても取り乱していました
手術が終わるのを二人で待っている間
「仕事柄緊急手術は
慣れてるんじゃない?」と聞いたら
家族の立場での手術は初めてなので
気持ちが全く違うと言っていました
普段冷静な義兄が取り乱していて
そんな時に不謹慎ですが
素敵な夫婦だと思いました。
とはいえ流産は自然淘汰という言葉も
今は理解出来ますし
その先生なりに慰めてくれたのかもしれませんね
相手の立場にたち考えてみる事は大事ですね
ありがとうございました

投稿: | 2008年5月20日 (火) 09時48分

先生は 『新生児重症仮死 それでも我が子は113日生き抜いた』という本をご存知でしょうか?

一方だけの言葉を聞いて判断するのはとても危険ですが、もしあのような病院の不手際が実際にあったとしたら、絶対に許せません。

産科医療の崩壊が叫ばれる昨今、非常識な妊婦やその家族に対し、怒りを覚えると同時に、だからこそ、医療崩壊を盾にして、隠れ蓑にして、ずさんな処置をする病院を野放しにしないで欲しいと願っています。

投稿: うめ。 | 2008年5月21日 (水) 01時05分

我々医療従事者は、いつも最善の医療を提供できるよう努めていかねばならないと思います。
そして、もし結果が悪かった時には、第3者の目も含め、何が悪かったのか検討反省し、その結果を真摯に受け止め、今後の医療につなげていかねばなりません。
多くの医療従事者が、その様に考え行動していると思います。
一部のモラルのない医者や非常識な患者様のおかげで、お互いの不信感がより大きくなっているのが、問題なのだと思います。
過剰という表現は、誤解を招き適切でありませんでした。
結果が悪かったことや、死に対しての受容が、スムーズにいかず、その感情を転嫁する過程が突出してしまうことが悲しいことです。
『新生児重症仮死 それでも我が子は113日生き抜いた』読んでみます。

投稿: 雲流 | 2008年5月21日 (水) 11時11分

病院はホントに大変だと存じます。

しかし、患者のほうが病院でヒドイ事に遭っていることの方が遥かに多いと思います。だいたいの患者は何があってもお金を払って黙って帰ります。

いつまでも「害の少ない治療法を選択するのは当然のこと。」と綴られているようなままでいてくださいますように。薬や手術ばかりを処方するようなことになりませんように。
いつまでも健康でいてくださいますように。

投稿: | 2008年5月21日 (水) 22時02分

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